台湾を攻めれば、中国は覇権を失う
——有事という物語のA面とB面
「台湾有事になれば、中国嫌いな世界が助けてくれる」——その前提は、思っているほど盤石ではないかもしれない。
中国は、日本人が思っているほど世界から嫌われていないかもしれない。そう聞くと、違和感を覚える方も多いはずだ。だが、Pew Research Centerが2025年に25カ国・約3万人を対象に行った調査では、中国への好感度は日本がわずか13%だったのに対し、世界の中央値は36%。インドネシアでは約3分の2、ケニアやナイジェリアなど多くの国で過半数が中国に好意的な印象を持っている。日本人がどこかで抱いている「台湾有事になれば、反中国連合が結成されて助けてくれる」という期待は、統計的に見るとやや危うい前提の上に立っている。
この記事では、台湾有事という「起こるかもしれない、起こらないかもしれない」問題を、感情論から一度離れて見つめ直したい。中国にとっての台湾統一という「悲願」——いわばA面——と、その裏で誰が何の得のために危機を語っているのかという「B面」。両方を並べたとき、意外な結論が見えてくる。台湾を武力で獲りにいった瞬間、中国はむしろ覇権競争そのものから脱落する、という逆説だ。
Ⅰ.中国の「悲願」は本物か——A面
中国が台湾統一を諦められない理由は、単なる領土的執着ではない。習近平国家主席は繰り返し「中華民族の偉大な復興」という言葉を使い、「世界は百年に一度の大きな変動(百年未有之大変局)の中にある」と語ってきた。これは特定の陰謀論的な発言ではなく、2021年の中国共産党創立100周年演説などで使われてきた、党の公式な歴史認識のフレーズである。
中国はこれまで伝統的な「ランドパワー(陸の力)」として、広大な大陸国家の内側を固めることを国家戦略の基盤としてきた。しかしここ十数年、その中国が「シーパワー(海の力)」への転換を急いでいる。九州・台湾・フィリピンを結ぶ「第一列島線」の内側に制海権を確立し、その先の太平洋へ進出することが当面の目標とされる。台湾はこの列島線のちょうど真ん中に位置しており、統一できれば列島線に「穴」を開け、米軍の一大拠点であるグアムへの圧力を強められる——地政学的には、そう位置づけられている。
加えて、台湾が持つ世界トップクラスの半導体技術と人材も、中国にとって喉から手が出るほど欲しいものだ。国内では不動産不況や若年層の就業難といった不満がくすぶっており、「台湾統一」という一点に国民の意識を収斂させることは、政権にとって強力な求心力の装置としても機能する。中国共産党にとって、台湾に中華民国政府が存続していること自体が「自らが中国を代表する唯一の正統政府である」という自己定義と矛盾する、歴史的な”棘”でもある。
つまりA面——表の物語——だけを見れば、中国が台湾統一に本気であることに疑いの余地はない。問題は、その本気度が「今すぐの武力侵攻」に直結するのか、という点だ。
Ⅱ.「2027年」という数字の正体
台湾有事を語る記事には、必ずといっていいほど「2027年」という年が登場する。人民解放軍の建軍100周年にあたるこの年までに、中国が台湾侵攻の準備を整える——というものだ。だが、この説の出どころを辿ると、興味深い事実に突き当たる。
発端は2021年3月、当時の米インド太平洋軍司令官フィリップ・デービッドソンの米議会証言だった。その後、CIA長官ウィリアム・バーンズや後任のインド太平洋軍司令官アキリーノらが繰り返し同様の見方を示し、いつしか「既定路線」であるかのように語られるようになった。
つまり「2027年侵攻説」は、主に米側の情報機関・軍関係者の評価であり、習近平自身は公式にこれを否定している。もちろん2027年が中国にとって象徴的な年であることは事実だ。人民解放軍建軍100周年に加え、習指導部が3期目の任期満了を迎え、4期目入りするかどうかの政治日程とも重なる。「能力整備の目安」として扱われている可能性を指摘する専門家もいるが、これは「侵攻を決めた」ことの証明ではない。
中国の国防予算が2020年以降16%増・約2,230億ドルに達しているのは事実である(アキリーノ司令官の議会証言)。軍拡が進んでいることと、特定の年に侵攻を決断していることは、別の話だ。この混同こそが、B面——誰が危機を語ることで得をするのか——を考えるうえでの出発点になる。
Ⅲ.台湾が持つ「シリコンの盾」
中国が台湾を欲する最大の理由の一つが半導体であることは、すでに触れた通りだ。台湾のファウンドリ(受託製造)企業は世界の半導体製造の6割以上を占め、3ナノメートル世代など最先端領域では実に9割近いシェアを握るとされる。世界のAIチップは、事実上すべて台湾の工場を経由しなければ生産できない。
この圧倒的な地位が、台湾にとっての抑止力——いわゆる「シリコンの盾」——になっている。仮に中国が武力で台湾を制圧しようとすれば、戦火で工場は稼働停止・破壊されかねず、日米欧からの経済制裁も避けられない。何より、中国自身の産業(スマートフォン、自動車、そしてAI)が台湾の半導体に依存しているため、統一を急いだ結果として中国経済そのものが致命的な打撃を受けるという、痛し痒しの構造がある。
台湾側もこの”盾”を法制度として固めている。2022年に改正された国家安全法では、14ナノメートル以下の半導体製造技術などを「国家核心重要技術」に指定し、これを不正に持ち出した者には5年以上12年以下の懲役という重い刑罰(経済スパイ罪)を科す仕組みが作られた。実際、2025年8月にはTSMCの最先端2ナノ技術の流出事件でこの法律が適用され、複数人が起訴されている(このケースは中国ではなく日本企業の台湾法人が絡んでいたという、皮肉な事例でもあった)。「工場を爆破する」といった物理的なポイズンピル法が存在するわけではないが、技術と人材の流出そのものを国家安全保障の犯罪として扱う枠組みは、確かに機能している。
Ⅳ.誰も得をしないのに、なぜ起こりうるのか
米シンクタンクCSISが行った台湾有事のウォーゲーム(24通りのシミュレーション)では、多くのシナリオで米・日・台の連合軍が中国の侵攻を退けるという結果が出ている。しかし勝者側にも数万人規模の死傷者、空母を含む多数の艦艇・航空機の喪失という甚大な代償が想定されており、報告書はこれを「ピュロスの勝利(割に合わない勝利)」と表現した。経済・軍事の損得だけで見れば、この戦争に「勝者」は存在しない。
それでもなお有事のリスクが完全には消えないのは、経済合理性とは異なる次元の「得」が存在するからだ。
国家全体としては大損害でも、「体制の生存」という一点においては合理的に見えてしまう——ここに、危機が完全にはゼロにならない理由がある。中国側の識者の間でも、「日米が危機を煽っている」という受け止めが存在するとされる。米側にも同盟国への軍事費増額を求める構造的な動機があることを踏まえれば、この見方を単なる被害妄想と片付けることもできない。ただし、「西側と中国が実は裏で手を組んでいる」といった類の主張については、具体的な資金の流れなど検証可能な証拠が乏しく、記事としてはここでは深入りしない。
Ⅴ.なぜ「日本」が名指しされるのか
2025年11月、高市早苗首相は国会答弁で、台湾有事が集団的自衛権の行使要件である「存立危機事態」に該当し得るとの認識を示した。歴代首相が一貫して曖昧にしてきた論点に、初めて踏み込んだ発言だった。
中国側の反応は異例に激しいものだった。日本産水産物の禁輸、渡航自粛の呼びかけ、国連安全保障理事会への提訴——。ここだけを見ると「日本が一方的に踏み込んで中国を怒らせた」という構図に見えてしまうが、それだけでは説明がつかない部分がある。
Ⅳ章で触れたCSISのウォーゲームを思い出してほしい。24通りのシミュレーションのうち、中国側が勝利する数少ないシナリオの一つが「米国は介入するが、日本が中立の立場をとり、在日米軍基地の使用を認めなかった場合」だった。つまり中国にとって、日本を”中立化”させることは軍事戦略上の悲願に近い。実際、中国が対日世論工作やSNSを通じた偽情報の拡散を行っていること自体は、複数の研究機関が指摘する事実であり、2026年2月の衆院選前後には、高市氏の保守的な立場を攻撃する不審なアカウント群が確認されたと米シンクタンクが報告している。もっとも、地経学研究所などの分析によれば、中国の対日影響力工作はオーストラリアなどの事例と比べて歴史的に「あまり効果を上げてこなかった」とも評価されており、工作の存在と、それが実際に政策を動かしているかどうかは、切り分けて見る必要がある。
もう一つ、専門家の間でしばしば語られるのが「メンツ」の問題だ。歴代首相が「台湾有事が存立危機事態に当たるか」を一貫して曖昧にしてきたのは、日中双方にとって”引くに引けない事態”を避けるための緩衝材でもあった。高市首相の発言は、この緩衝材を初めて壊した。中国側からすれば、公の場でメンツを潰された形になり、いったん振り上げた拳を、体制の面子上、簡単には下ろせなくなっている——というのが実情に近いのではないか。中国人の行動原理において面子が持つ重みは、しばしば過小評価されるが、決して軽視すべきではない。
だとすれば日本に求められるのは、「曖昧さを壊したことを悔いる」ことでも「一歩も引かない」ことでもなく、中国が”面子を保ったまま拳を下ろせる”ような交渉の出口を、こちらが主導権を持った形で用意することかもしれない。防衛力の強化という実利を確保しつつ、相手に一方的な”敗北”だと感じさせない着地点を探ること——これは弱腰ではなく、したたかな現実主義だろう。
米国の曖昧な牽制とは異なり、日本の明言が中国にとって「核心的利益中の核心」への直接的な刺激と映ったことも事実だ。この構造を踏まえたうえで、次に何が起きたかを見ていきたい。
2026年1月6日、中国商務部は軍民両用(デュアルユース)品目の対日輸出を即日禁止すると発表。高市発言への事実上の対抗措置と分析されている。
中国からの訪日客の渡航自粛が1年続いた場合の経済損失は約1.79兆円(GDP0.29%押し下げ)、レアアース輸入が1年間途絶した場合の損失は、試算によって2.6兆円〜7兆円という幅がある(機関・前提によって差が大きい)。
一方の日本も、この間に防衛力の”見える化”を着実に進めてきた。2026年度の防衛関係費は9兆353億円と過去最大を更新し、当初2027年度目標だったGDP比2%達成は2年前倒しで実現した。ただし、この「2%」には注意が必要だ。防衛省が示す1.9%は2022年度のGDPを基準にした数字であり、当該年(2026年度見込み)のGDPで計算し直すと1.5%にとどまるという指摘もある。危機の”見せ方”そのものが、政治的にどう演出されるかという論点は、これはこれで覚えておいて損はない。
象徴的なのが、射程約1,000kmの国産長射程ミサイル「25式地対艦誘導弾」だ。2026年3月31日、熊本県の健軍駐屯地に国内で初めて実戦配備された。九州から東シナ海を越え、中国大陸沿岸部にまで届く射程を持つこの装備は、「相手が上陸してから反撃する」という従来の専守防衛の概念を大きく踏み越えるものだ。抑止力としてのリアリティが増した半面、それは同時に、中国側の警戒レベルを一段引き上げる作用も持つ。抑止と挑発は、しばしば同じコインの表裏である。
高市発言→中国の経済的報復→日本の防衛力強化の可視化、という一連の流れは、「これから起きるかもしれない有事」の前哨戦として、すでに現在進行形で動いている。
Ⅵ.経済安保のリアル:脱依存の二極化
「中国の理不尽な規制に耐え抜けば、日本は強くなる」という見方には一理ある。だが実態は単純ではない。日本の対中輸入依存度は、全体で見ればむしろ再上昇している。中国製品の価格競争力(デフレ輸出)と国内供給力の低下が主因だ。
| 品目 | 対中依存度(目安) |
|---|---|
| 建設機械部品 | 72.1% |
| エアコン部品 | 69.2% |
| プリント配線基板(PCB) | 54.1% |
| 自動車用ブレーキ部品 | 53.7% |
| レアアース(希土類) | 約62.9%(2010年は約90%) |
一方、安全保障に直結する分野では、確実に「選択と集中」が進んでいる。レアアースの対中依存度は2010年の約9割から6割強まで低下し、豪州ライナス社への出資や、ベトナム・タイからの調達拡大が進む。日本最東端の南鳥島EEZ海底に眠るレアアース泥(推定埋蔵量は世界有数)の採掘試験も、2026年1月から始まっている。
つまり日本の現在地は、「安価な日用品は中国に依存しつつ、半導体やレアアースなど国家の急所だけは自立を急ぐ」という二極化した状態にある。すべてを「脱中国」するのは非現実的であり、この選別のセンスこそが、今後の経済安全保障の実効性を左右する。
Ⅶ.日本はどう振る舞うべきか、投資家は何を見るべきか

ここまで見てきた事実を並べると、一つの結論が浮かび上がる。中国が台湾を武力で獲りにいけば、その瞬間に自らの半導体供給網を破壊し、AI覇権競争という本丸そのものから脱落する。MM-03で見た「AIダラー構想」も、その心臓部に台湾の半導体があるという前提の上に成り立っている。悲願(A面)を実現しようとする行為が、B面の本当の目的地——AI覇権——を自壊させてしまうという逆説が、ここにある。
だからこそ日本にとって重要なのは、「曖昧さ」という外交カードの価値を過小評価しないことだ。高市発言をめぐる摩擦が示したように、明言することには代償が伴う。防衛力の強化そのものは否定されるべきではないが、それを「見せる」タイミングと語り口には、これまで以上の慎重さが求められる局面に入っている。
投資家として押さえておきたいのは、「台湾有事は日本にとって遠くの戦争ではない」という前提だ。野村総合研究所系の試算では、台湾向け輸出停止だけで日本のGDPを0.90%、半導体輸入停止による主要産業への波及で0.48%、有事に伴う円高進行(10%想定)で0.46%、合計で年間1.84%程度押し下げるという見方が示されている(試算の前提によって幅がある点には留意したい)。全体相場への楽観は禁物というのが実情だろう。
その一方で、この緊張構造そのものが資金の向かう先を作り出してもいる。防衛・サイバーセキュリティ関連、AIデータセンターや次世代エネルギー関連、サプライチェーン強靭化(脱・中国依存)関連——こうしたテーマの方向性は、経済安全保障という国策の文脈で、今後も注目され続けるだろう。個別銘柄の選別は、それぞれのリスク許容度に応じて判断材料にしていただきたい。
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