アメリカの借金39兆ドルは
インデックス投資信仰に何をもたらすか
借金、ドルの信認、そして移民。3つの綻びは、実は一本の線でつながっている。
S&P500なら中身は100%アメリカ株。オール・カントリー(オルカン)を選んでいても、その6割前後はやはりアメリカ株だ。つまり多くの日本人は、気づかぬうちに「アメリカは成長し続ける」という一点に、将来を賭けている。
その前提は、本当に盤石なのか。今のアメリカには、借金・ドルへの信頼・移民という3つの綻びがある。しかもこれは別々の話ではない。借金がドルの信認を揺らし、その穴埋めにAIの成長力が使われ、それでも足りない人手を移民が支え、その移民を締め出せば新たな綻びが生まれる——一つの綻びが次を呼ぶ構造だ。順に見ていきたい。
Ⅰ.借金という土台
結論から言うと、アメリカの借金は、外国や国内の投資家に米国債を買い続けてもらわないと回らない水準まで来ている。
2026年7月時点で、米国の連邦債務総額は約39.47兆ドル(円換算で約5,920兆円)に達した。よく「国民1人当たり◯万円の借金」という言い方がされるが、この物言いは日本の財政を語るときにはあまり意味をなさない。日本国債の大半は日銀や国内の金融機関が保有しており、国民はむしろ「国に貸している側」に近いからだ(この違いはⅥ章で詳しく触れる)。
しかしアメリカの場合、この「1人当たり」という数字は看板倒れではない。国民1人当たりに換算すると約11万7,833ドル(約1,767万円)——日本のように「政府の借金は国民の資産」と言い訳できる余地はなく、そのまま個人が背負うリスクに近い金額だ。
その理由は、アメリカが自国の資金だけで借金を賄いきれておらず、外国政府や国内の民間投資家に買ってもらわなければならない構造にあるからだ。外国が保有する米国債は約8.8兆ドル(約1,320兆円)という巨額に上り、最大の保有国は日本(約1.2兆ドル)、かつて首位だった中国は約6,900億ドルまで減らし英国に次ぐ3位に後退している。よく「外国の保有割合は2020年の33%から22.7%まで低下し、米国債離れが進んでいる」と言われるが、これはやや誤解を招く説明だ。この間、外国保有額そのものはおおむね8兆ドル台で横ばいのまま、総債務が約27.7兆ドルから39.47兆ドルへと膨張した結果、比率だけが薄まって見えているにすぎない。外国への依存という実態そのものは、何も変わっていない。
外国の買いが伸び悩む一方で存在感を増しているのが米国内の民間投資家で、2010年の29%から現在は約45%まで拡大した。FRBもかつて量的緩和で5.8兆ドルの国債を抱えていたが、量的引き締めで約4兆ドルまで減らし、買い手から撤退しつつある。
つまりアメリカの借金は、日本のように「身内で回している」構造ではなく、外国政府や民間投資家という”他人の財布”に依存し続けなければ成り立たない。この差が、日本の財政にはない緊張感を生んでいる。
利払い費も、すでに看過できない水準だ。2026年度の純利払い費は1兆ドル(約150兆円)を超える見通しで、米国の国防予算そのものより大きい。1日あたりに直すと、利子だけで約37億ドル(約555億円)が消えていく計算だ。2026年3月、パウエルFRB議長はハーバード大学での講演で、次のように述べている。
「39兆ドルの債務水準は、持続不可能だ」
——中央銀行のトップ自身が、公の場でそう言い切っている。
格付けの世界でも、静かだが重大な変化が起きている。米国債は2011年にS&Pが最上位「AAA」を剥奪して以来「AA+」にとどまっているが、2023年にはフィッチも追随して格下げした。そして2025年5月、ムーディーズも米国債を最上級「Aaa」から一段階下の「Aa1」へと格下げした。主要格付け3社すべてが、米国債をもはや無条件の最上級とは見なさなくなっている。2026年6月、S&Pは「AA+」に据え置いたが、「赤字が予想を上回れば追加格下げの可能性がある」とも警告した。借金の大きさそのものより深刻なのは、これが「アメリカという国への信用」を静かに蝕み始めていることだ。次に見ていきたいのは、その信用——つまりドルの話である。
Ⅱ.ドルの信認は、本当に大丈夫か
結論から言うと、世界はいま「ドルだけに頼るのは危ない」と感じ始めている。
各国の中央銀行が外貨準備として保有するドルの比率は、1999年以降で最低水準まで下がった。逆に金(ゴールド)の比率は過去最高だ。世界の通貨当局が、ドル建て資産への一極集中を静かに見直し始めているというシグナルである。
この流れの中で、最近ニュースでも耳にするようになった言葉がある。「ステーブルコイン」だ。ドルなど特定の通貨の価値に連動するよう設計された暗号資産で、簡単に言えば「価格がほとんど動かない仮想通貨」のことだ。米国はこれを、ドルを守るための新しい道具として位置づけている。
2025年7月18日、トランプ大統領が署名して「GENIUS法(ステーブルコイン法)」が成立した(現在は施行に向けた準備段階)。この法律は、ステーブルコインの発行体に対し、発行残高と同額のドル現金や米国短期国債を準備資産として持つことを義務付けている。ステーブルコインが普及すればするほど、その裏付けとして米国短期国債の需要が自動的に生まれる仕組みだ。実際、ステーブルコインの発行体はすでに、世界第3位の米国短期国債の買い手(約393億ドル、約5.9兆円)に浮上している。外国やFRBが買い手から後退する中、民間のステーブルコインが、その穴を埋め始めている。
ただし、これは新しい脆弱性の入り口でもある。もしステーブルコイン発行体への信用が揺らぎ、利用者が一斉に換金へ走る「取り付け騒ぎ」が起きれば、発行体は裏付け資産である米国短期国債を、市場で一気に売却せざるを得なくなる。ドルを支えるはずの仕組みが、逆回転すれば信認問題の火種になり得る。
この話は、日本にとっても他人事ではない。日本は米国債の最大の海外保有国(約1.2兆ドル)であり、もしステーブルコインの取り付け騒ぎが米国短期国債市場を揺さぶれば、その余波は日本の金融機関や年金基金が抱える米国債の価値にも及びかねない。ドルの信認問題は、日本の資産にも直結する話だ。
借金とドルの不安。この2つを、今のところ唯一相殺できているのが、AIブームによる経済成長である。
Ⅲ.今起きている「AIバブル」の意味
結論から言うと、今のアメリカ経済は、AIブームという名の”一本足打法”で支えられている。
国の借金が安定するかどうかは、「金利(借入コスト)」と「経済成長率」のどちらが高いかに左右される。低金利の時代は成長率の方が高く、借金があっても財政的なメリットを享受できた。しかしFRBの利上げによって、2026年には金利が成長率を恒常的に上回る、危険な領域に入ったと指摘されている。放っておけば、借金が自動的に膨らみ続ける構造だ。
この悪循環を和らげている数少ない要因が、AI投資だ。CBO(米議会予算局)の予測では、2026年の実質GDP成長率は2.2%へ加速する見通しで、その主な牽引役はデータセンター建設をはじめとするAI関連投資である。S&Pが格付けを「AA+」で据え置いた理由の一つも、このAI投資に支えられた成長の底堅さだった。
ただし、これを過信するのは危うい。S&P自身が「AIによる長期的な生産性向上効果は依然として不透明」と釘を刺しており、CBOも「AIの進歩が実際の生産性に与える影響には高い不確実性がある」としている。何より、AIがどれだけ成長を押し上げても、利払い費だけで1兆ドル(約150兆円)に達する構造的な赤字を、それだけで完全に埋め合わせるのは荷が重い。「バブルかどうか」を断定するにはまだ早いが、少なくとも今のアメリカ経済が、この一本の柱に強く依存しているのは間違いない。
そしてもう一つ、AIには埋められない穴がある。データセンターがいくら増えても、実際に建物を建て、農作物を収穫し、工場を動かすのは、今も人間の手だという点だ。
Ⅳ.移民がいないと回らない労働市場
結論から言うと、移民労働力への依存を断ち切ろうとした結果、アメリカの労働市場には大きな穴が開いている。
トランプ政権下で進む厳格な移民政策——不法移民の取り締まり強化と大規模な強制送還——は、「移民の国」であるはずのアメリカの労働市場に、深刻な穴を開けている。
日本の内閣府の分析によれば、2025年1月から7月までのわずか半年間で、米国外生まれの労働力人口は季節調整値で133万人(原数値124万人)減少した。一時的保護資格の終了などを合わせると、最終的に約210万人規模の労働供給が市場から消える可能性がある。
移民への依存度が高い産業から先に、しわ寄せが来ている。建設業では労働者の3人に1人が外国出身だが、摘発への恐怖から合法な移民までもが出勤を控える「萎縮効果」が広がり、工期の遅延とコスト高騰が深刻化している。農業でも労働者の8人に1人が移民であり、収穫の停滞が食品価格の上昇に直結している。労働供給の減少は賃金上昇圧力となってインフレを再燃させ、CBOは今後10年間で財政赤字が約5,000億ドル(約75兆円)拡大すると試算している。
Ⅴ.締め出した先に何があるのか——アメリカ、そして先を行く欧州
結論から言うと、この痛みは「政策の誤り」の証拠というより、正すために必要なコストだと見ることもできる。
Ⅳ章で見た穴は、決して小さくない。ただ、この痛みだけをもって「移民排除は失敗だった」と結論づけるのは早計だろう。今回の政策転換は、一部の政治家が思いつきで進めたものではなく、選挙という民主的なプロセスを経て、有権者自身が選び取った結果である。安価な労働力への依存が、低スキル層の賃金を押し下げ、劣悪な条件下での不法就労を蔓延させてきたことへの、有権者の明確な意思表示だったと見ることもできる。
なお、不法移民であっても2022年には連邦・州・地方税で約967億ドルを納めていたとする試算があり、「税金を一切払っていない」と単純化するのは正確ではない。ただし、こうした働き手を安価に使う雇用側の適法性も、常に問われてきた論点だ。
つまりここで起きているのは、「安い労働力に依存した成長」から「自国民の賃金と雇用を守る経済」への、痛みを伴う移行だと捉えることもできる。問題は、この移行を乗り越えられるかどうかだ。そして、この移行を先に経験し、今なお乗り越えられずにいる地域がある。欧州だ。
欧州委員会の試算によれば、仮にEU外からの移民流入が約3割減少した場合、2027年にはユーロ圏の潜在成長率が1%を下回る計算になる。イタリアでは、建設・農業・観光業で数十万人規模の外国人労働者が必要とされているにもかかわらず、複雑な受け入れ制度が事実上の「入国阻止」として機能してしまい、工事の中断や収穫不能による大量廃棄が発生している。ドイツのメルツ政権は「難民ウェルカム政策」と決別し、国境管理の強化と強制送還を急いでいる。かつて寛容な受け入れで知られたスウェーデンも、2026年1月から移民の自発的な帰国を促す帰還手当を1人当たり35万スウェーデン・クローナ(当時のレートで約490万〜560万円)へと大幅に増額した。
欧州の教訓は、「移民依存を修正すること自体が間違っている」ということではない。むしろ、その修正への着手が遅すぎたために、社会の分断と機能不全がここまで深く進行してしまった、ということだ。アメリカが今払っている痛みは大きいが、対応に踏み切った分だけ、まだ欧州ほど手遅れではないという見方もできる。
ここまで見てきたアメリカと欧州の話は、日本にとって対岸の火事では済まない。同じ2つの綻び——借金と労働力——を、日本もまた抱えているからだ。
Ⅵ.日本はどう振る舞うべきか
結論から言うと、日本に必要なのは「アメリカや欧州の後追い」ではなく、彼らの失敗を教材にした先回りだ。
まず借金について。日本の債務対GDP比は表面上200%を超え、世界最大級の借金大国に見える。しかしⅠ章で触れた通り、この数字の中身はアメリカとまったく違う。政府・日銀・社会保障基金を一体化した「統合政府」ベースで見ると、負債から金融資産を差し引いた純負債の対GDP比は、日米ともに119%程度とほぼ並ぶ。
| 日本国債の保有者 | 割合(2025年6月時点) |
|---|---|
| 日本銀行 | 45.0% |
| 国内の銀行等 | 15.4% |
| 生損保等 | 14.8% |
| 公的年金・年金基金 | 8.0% |
| 海外 | 12.2% |
日本国債の約88%は国内で消化されており、日銀保有分の利息は「国庫納付金」として政府に還流する。国民は預金や保険料を通じて、間接的に「国に貸している側」に立っている。外国の投資家に頭を下げて買ってもらわなければならないアメリカとは、抱えているリスクの質がまったく違う。IMFの予測でも、米国の債務対GDP比が2031年に向けて142%まで上昇するのに対し、日本はむしろ10〜14ポイント改善し、G7で最も財政改善が進む国になると見込まれている。
次に労働力について。日本の外国人労働者受け入れ制度は、すでに機能不全を起こしているイタリアの制度と構造的によく似ていると指摘されている。建前と実態の乖離、行政のキャパシティー不足、悪質なブローカーの介在、スキルのミスマッチ——これらはすべて、日本でもすでに顕在化している問題だ。欧州が証明したのは、この手の綻びを放置すればするほど、後から支払う代償が大きくなるということだった。
それでも日本には、欧米にはない切り札がある。第一生命経済研究所の試算では、AI普及が進まない場合、2050年に日本の労働力は2025年比で約1,570万人不足する。しかしソフトウェアAIとフィジカルAI(ロボット)が普及すれば、マクロでは逆に約1,340万人の余剰が生じるという。ただし総量で解決しても、経済産業省の推計(2026年3月改訂版)ではAI・ロボットを使いこなす人材が2040年に約340万人不足するとされ、現場のミスマッチ解消はまったく別の課題として残る。
そして目先の話として、日米の金利差がもたらす円安は、日本の実質的な購買力を静かに目減りさせ続けている。アメリカの成長を信じてS&P500やオルカンに積み立てるのは、悪い選択ではない。ただしその前提だけに未来を預けるのではなく、日本自身がこれからどう成長していくのか——AI・ロボットによる生産性向上や、見た目より底堅い財政構造にも、同じくらい目を向けておく価値があるはずだ。
Ⅶ.投資家は何を見るべきか
結論から言うと、円安の圧力は当面続きやすく、その巻き戻しリスクも頭に置いておく必要がある。
日米の政策金利差は、当面大きくは縮まらない可能性が高い。FRBは移民制限によるインフレ圧力を警戒し、政策金利を3.25〜3.5%程度で高止まりさせる公算が大きい。一方の日銀は2025年12月に0.75%(1995年以来30年ぶりの水準)へ利上げしたばかりで、中立金利とされる1.5%程度に向けて、半年に1回・0.25%ずつという緩やかなペースでの利上げを続けるとみられる。
この金利差がある限り、円を借りてドル建て資産で運用する円キャリートレードの構造的な魅力は続きやすく、円安圧力が長期化しやすい環境が続く。一方で、2024年8月に起きたような、市場の期待が急変した際の急激な巻き戻し(円の買い戻しとリスク資産の売り)というリスクも、常に頭の片隅に置いておく必要がある。
もう一つ、見落とされがちな構造がある。冒頭で触れた通り、多くの日本人がS&P500やオルカンを通じてアメリカ株に資金を投じている。これは米国債を直接買っているわけではないが、日本からアメリカへ絶えず流れ込むこの資金は、株であれ債券であれ、アメリカが巨額の対外赤字を抱えながらも借金を回し続けられる「資本収支の黒字」を支える一部になっている。積立投資を続けるという個人の選択そのものが、巨視的に見ればアメリカの綻びを埋める資金の一滴にもなっている——そう考えると、この記事の冒頭の問いは、少し違う重みを持って戻ってくる。
借金、ドルの信認、移民という3つの綻びを並べても、「だからアメリカ株から手を引くべきだ」という単純な結論には至らない。AIという強力な相殺力があり、イノベーションの厚みも他国とは一線を画す。同時に、その強みだけで構造的な弱さのすべてを覆い隠せるわけでもない。積立投資を続けている人にとって大事なのは、感情的に信じきることでも、感情的に手放すことでもなく、こうした綻びの存在を知った上で、自分がどれだけの前提に賭けているのかを、時々立ち止まって確認することだろう。
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