バフェットが60兆円の現金を
抱えて待っている理由
世界最大の投資集団の行動から、今の相場を冷静に読む。
世界最大の投資集団が、歴史上最高水準となる約60兆円(3,970億ドル)の現金を手元に抱えたまま、じっと動かない。米国株の大半を売り越しながら、日本株にだけはピンポイントで資金を投じ続けている。投資家はその行動の意味を問う——彼らは何の機会を、何のリスクを、静かに見通しているのか。
ウォーレン・バフェットとは何者か
「バフェットが〜」という話をする前に、まず彼が何者なのかを押さえておきたい。彼の言動が世界の投資家に注目される理由は、単なる「お金持ち」だからではない。その哲学と実績が、信頼の根拠になっているからだ。
1930年8月30日生まれ・95歳(2026年6月現在)
1,400億ドル超(世界屈指)
11歳で初株購入
1958年に31,500ドルで購入したオマハの家に今も住む
資産の99%以上を慈善に寄付することを誓約。これまで約650億ドルを拠出。
バリュー投資の大家として知られ、「割安な優良企業を買い、無期限に保有し続ける」という哲学を60年以上貫いてきた。複雑なビジネスや将来の読めない事業には手を出さず、「自分が理解できるビジネス」にだけ投資するというシンプルな原則が、長期にわたって市場平均を大幅に上回る結果を生み出してきた。
彼の言葉は投資家に広く引用される。なかでも「他人が貪欲なときに恐れ、他人が恐れているときに貪欲であれ」という格言は、相場の本質を突いた言葉として今も生きている。
彼が考案した「バフェット指標(株式総時価総額 ÷ GDP)」は、市場全体の割高・割安を測る指標として、世界中の投資家に使われている。
そのバフェットが長年率いてきたバークシャー・ハサウェイは、保険・鉄道・エネルギー・製造など多様な事業会社を傘下に持つ複合企業だ。時価総額は1兆ドルを超え、アメリカを代表する企業の一つとなっている。そのバークシャーが今、ある一つの数字を歴史上かつてない水準まで積み上げている——それが本稿のテーマである、記録的な現金の保有だ。
「バフェット後」の始まり——エイベル体制の始動
もう一つ重要な文脈がある。バークシャーは今、「ポスト・バフェット」の最初の局面にある。
バフェット氏はCEO職を退き、現在は会長職を継続。エイベル氏は2026年2月28日の「株主への手紙」(初執筆)で、大量の現金を「投資待機資金」と表現。「金融市場に嵐が吹き荒れて他者が恐怖に駆られるときでも、揺るぎなく投資できる」と語り、バフェット哲学の継承を宣言した。同書簡ではまた、「日本への投資は米国と同等に重要」と明言している。
つまり今のバークシャーは「バフェットの遺産」と「エイベルの意思決定」が交差する過渡期にある。2026年Q1の決算は、エイベル体制の最初の四半期として市場が特別な注目を向けた。
Q1の営業利益は113.5億ドル(前年同期比+18%)と堅調。傘下の事業会社群は引き続き安定した利益を生み出している。しかし投資家が最も注目したのは利益の数字ではなく、静かに膨れ上がり続ける一つの数字だった。
「60兆円」をどう読むか——3つの解釈
2026年Q1末時点で、バークシャーが保有する現金・短期国債は約3,970億ドルに達した。円換算でおよそ60兆円。過去最高水準だ。
※日本株は13F対象外
※13F(Form 13F)とは、米国で1億ドル以上の資産を運用する機関投資家が四半期ごとにSECへ提出が義務付けられている保有銘柄の開示報告書。2026年Q1分は2026年5月15日に提出。
この「60兆円」という数字の意味については、大きく3つの解釈がある。
株式を売り越し、現金を積み上げている行動は「今の市場価格は高すぎる」というシグナルだ。前回MM-01で見たバフェット指標(232%)やシラーPER(40.87倍)も、これと同じ方向を指している。
市場が大きく下落した際、資産を恒久的な損失から守る流動性として機能する。「嵐の中でも揺るぎなく投資できる」というエイベルの言葉が示す通り、これは守りの資金でもある。
本当に魅力的な投資機会が訪れたとき、市場で誰よりも早く、大規模に動くための弾薬。バークシャーにとって現金は「余っているお金」ではなく、「次の好機への選択肢」だ。
💴 現金を動かさない、もう一つの現実的な理由:バークシャーはこの約60兆円の大半を米国短期国債(T-Bill)で運用している。2025〜2026年の米国短期金利は依然として高水準(4〜5%前後)を維持しており、株を買わずに「ただ待っているだけ」で年間1.5兆〜2兆円規模の利息収入を得ている計算になる。割高な株を無理に買う財務的な必要性が、そもそもないのだ。
📌 ただし「60兆円=危機的警告」とは限らない。現在のバークシャーは時価総額1兆ドル超の巨大企業であり、傘下の多くの事業会社が莫大な営業利益を生み続けている。現金残高の額は過去最高であっても、会社全体の規模から見れば「かつてほど極端な現金比率ではない」という冷静な見方もある。この数字を「暴落の予言」として受け取るのではなく、「慎重さの表れ」として捉えるのが適切だろう。
売ったもの・持ち続けるもの・買ったもの
現金比率の話だけでは実態は見えない。バークシャーが実際に何を売り、何を買ったかを見ると、その「選球眼」が浮かび上がる。
持ち続けているもの——上位保有銘柄(2026年Q1末)
| 銘柄 | ポートフォリオ比率 | Q1の動き | 特記 |
|---|---|---|---|
| Apple(AAPL) | 21.99% | 売却ストップ | 2024〜25年の断続的な大量売却がQ1でストップ。227.9百万株・約5.8兆円を維持 |
| American Express(AXP) | 17.43% | 変化なし | 長期保有継続 |
| Coca-Cola(KO) | 11.56% | 変化なし | 数十年単位の保有 |
| Bank of America(BAC) | 9.52% | 微減(-0.7%) | ほぼ維持 |
| Chevron(CVX) | 6.64% | 大幅削減(-35%) | エネルギー株を整理 |
※2026年3月末時点の13F報告に基づく。Appleはポートフォリオ縮小の中でも売却なし。
Q1 2026の売買動向
全売却
全売却
全売却
全売却
▼35%
大幅買い増し
Class A約5,400万株・約1.56兆円
新規
+199%
+43%
約85億ドル
🏗 住宅市場への大きな賭け:2026年5月、バークシャーは全米規模の住宅建設会社テイラー・モリソンを約85億ドルで買収(非公開化)。エイベル体制初の大型買収として注目された。高い住宅ローン金利で低迷する米国住宅市場が、いずれ回復することを見越した戦略的布石と見られている。
なぜ日本株を買い続けるのか
ポートフォリオ全体を整理し、米国株を売り越す中で、バークシャーが一貫して買い続けているのが日本株だ。特に5大商社への投資は、単なる「分散」ではなく、明確な哲学に基づいた選択に見える。
5社合計:354億ドル(約5.5兆円)
資源・エネルギーに強み
10.8%
資源権益・インフラ
10.4%
非資源・生活消費財
10.1%
穀物・電力に強み
9.8%
メディア・インフラ
9.7%
※前年末比で5社合計の保有時価総額は約5割増。2026年2月28日の株主書簡より。
さらに今年、バークシャーは東京海上ホールディングスの株式2.49%を2,874億円で新規取得した。グローバルな保険事業との長期的なパートナーシップを見据えた動きだ。
商社株を選ぶ理由の構造
バークシャーが日本の大手商社を選ぶ背景には、いくつかの共通点がある。割安な株価(当時のPBRは1倍前後)、充実した株主還元(配当・自社株買い)、そして世界中に張り巡らせた資源・エネルギー・食料の権益——これらは「理解できるビジネスで、割安で、長期で稼げる」というバフェット哲学の要件を満たすものだ。加えて、円安局面では円建て資産を保有するコストも低く抑えられる。
バフェットの「選球眼」と個人投資家への示唆
売ったもの・持ち続けるもの・買ったもの——この3つを並べると、バークシャーの判断基準が見えてくる。
VisaやMastercardを売り、Alphabetを大幅に買い増した。フィンテックの競争激化という「先読みが難しい変数」を避け、「AI時代のインフラ」として理解できるGoogleを選んだという解釈ができる。
Appleを売らず、Coca-ColaとAmerican Expressを持ち続ける。これらは「ブランドと習慣という堀」を持ち、長期では安定した利益を生む企業だ。一方でAmazonやUnitedHealthといった「割高が目立つ成長株」からは手を引いている。
テイラー・モリソン買収は「米国の住宅供給不足は長期的な構造問題」という判断の表れ。日本の商社株も「資源権益という長期安定収益」への賭けだ。短期の相場ではなく、10年単位で稼ぐ力を見ている。
⚠️ 「バフェットの真似」の落とし穴:バークシャーは1兆ドル規模の企業であり、個人投資家とはリスク許容度も情報量も投資期間も異なる。「バフェットが日本株を買っているから日本株が正解」という短絡的な結論は危険だ。大切なのは彼の「銘柄」ではなく、「判断の基準」を参照することだ。
「他人が貪欲なときに恐れ、
他人が恐れているときに貪欲であれ。」
今、バークシャーは——恐怖を抱いている。
── ウォーレン・バフェット/KABU-KIX 考察
まとめ——「静かな警戒」が示すもの
バークシャーの行動を整理すると、こうなる。米国の過熱した株式市場から資金を引き上げ、60兆円を「待機資金」として積み上げている。その一方で、割安で長期的な稼ぐ力を持つ資産——日本の商社株、米国の住宅市場、AIのインフラ——にはピンポイントで資金を投じている。
これは「相場が怖いから何もしない」ではなく、「今は高値圏だから慎重に、でも好機には大きく動く」という姿勢だ。前回のMM-01で見た「バフェット指標232%・シラーPER40倍超」という数値と、バークシャーの現金積み上げという行動が、同じ方向を向いていることは偶然ではないだろう。
世界最高の投資集団が静かに警戒している。その事実を、個人投資家はどう受け取るか——答えを出すのは読者自身だ。
では、バークシャーはなぜ日本株を「米国と同等」と評価するのか。その背景にある世界の地殻変動を、次回から読み解いていく。
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